ルモンドの記事。

ルモンドの抜粋を試訳。

マリー・アントワネット
日本人の熱い思い

これは、ヴェルサイユ宮殿が、森ビル高層階にある同名美術館で開催するマリー・アントワネットをテーマにした同宮殿外で最大級の展覧会を、十分に満足できるものにしようとする執念の表れだ。

10月25日から2017年2月2日までの4ヶ月、日本でフランス史上で壮麗でありつつ混沌とした時期の中に飛び込むことができる。展覧会では、時代を追った舞台設定の中に200点以上の展示品が置かれ、マリー・アントワネットの多彩なライフステージを進んでいく。当時最高の肖像画家、フランソワ=ユベール・ドルエ、ルイ・ミシェル・ヴァンルー、ジョゼフ・シフル・ドュプルシス、そして、美しい肖像画を描くことから王妃の信頼を勝ち得た画家エリザベス・ルイーズ・ヴィジェ・ルブランなどによる肖像画が展示される。また、1782年に大理石の中庭に面して1階に建てられたプライベートアパートメントなど当時を再現した部屋もある。そして、プロジェクションマッピング3Dにより、今では失われてしまった漆喰のライブラリーもよみがえる。ヴェルサイユ宮殿の家具はほとんど残されていなかったという歴史上の悲劇は、その大多数を革命政府が1794年から1798年にかけて段階的に売却してしまった結果だ。

歴史的近似性

マリー・アントワネット特有のロマンスはさておき、日本とフランスには文化的に近しいものがある。まず王室と皇室の類似性が挙げられる。両者とも1000年を越す歴史から、神から授かった権力をもつという偶像を行使し、長い間崩されることがなかった。日本では、明治時代の覇権主義という誤りにもかかわらずその崇拝が今でも存在し、天皇は国家的景観の中に生きている。権力は式典的機能に縮小されてはいるが、権力を人民が握る革命が突発的に起きたことはない。日本は民主的に若い国家で、日本列島では現在も政治上比較的に受動的な状態が続いている。

文化的近似性

ルイ14世以降の絶対王政の特質には、芸術に特別に着目したことも挙げられる。二重構造として、絵画や音楽などの「貴族的」芸術の保護という側面と、手工芸、木工、ガラス製品から製パン、調理法という「民衆的」側面もあった。ルイ16世の錠前や時計への愛着は有名だ。Garde-Meuble de la Couronne (王宮家具調度品を管理する組織) からも出品されおり、キャビネ制作者ジャン=アンリ・リズネール、ブロンズ彫刻家ピエール=フィリップ・トミル、木材制作家ジョルジュ・ヤコブなどの作品も展示される。

その他に、スイスのメーカーブルゲの協賛により、10月末から作品番号160「マリー・アントワネット」という名の時計が出品される。この時計は1783年に制作が着手され、長い間、最も精巧な複雑時計と考えられていた。

これもまた日本の特質の一つだが、歴史の中で様々な統治者の圧力の下、漆芸や金属工芸、織物のような高度な技術を要する分野で非常に巧緻な工芸品が発達してきた。この伝統工芸に対する認識は、今日、フランスよりも日本のほうが高いだろう。長い間、日本の中で国宝の保護が議論され、1950年には一連の法律により「人間国宝」という概念が正式に認定され、すべての文化財と日本の芸術・工芸作品製作者を対象とした。また、対象とするのみでなく、何世紀にも渡って培われた各地の工芸技術や、そのわざが保持者とともに消失してしまいかねない技術を収集している。

この地方文化に対する概念は、実は、日仏間の近似性の主要素となっている(そして、イタリアもまた、豊富な工芸品と芸術の歴史という特徴のあるもう一つの国である)。地方のフランス製品のように、日本にも陶芸、稲作、鋳物、酒など数限りない無数の独自製品がある。

漫画。予期せぬ入り口

だが、何よりも、1970年代初頭に出版された漫画のおかげで、日本人はマリー・アントワネットを発見し熱い思いを持つようになった。池田理代子作「ベルサイユのばら」は、オーストリアから嫁いできたアントワネットの警護を任務とする近衛隊長オスカルを物語っている。王家の日常生活と同時に、人民の悲惨さと宮廷の放漫な状況も語られ、3巻2200ページのこの漫画は、カナ社からフランスで出版されてから予想外の成功を収めた。

長年、満席が続いた有名な宝塚(コメディ・フランセーズに相当、ただし通俗的)の舞台は、陰りを見せている。フランス人監督ジャック・ドゥミは、1978年に映画「ベルサイユのばら(レディ・オスカル)」を製作した。この漫画は、最終的に日本におけるフランス語とヴェルサイユ対する本物の情熱となる引き金となり、ヴェルサイユはフランスに来る日本人旅行者のマストとなっている。

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