ルイ16世とマリー・アントワネットの葬儀が行われたサンドニ大聖堂。collections.chateauversailles.frの解説の意訳。

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Image: collections.chateauversailles.fr “1815年1月21日、ルイ16世・マリー・アントワネットの葬儀(サンドニ大聖堂)”

  • Nº d’inventaire 目録番号: GMEC 143
  • Domaine 作品: Dessins 素描画
  • Auteur 作者: Bellanger, François-Joseph, Dugourc, Jean-Démosthène
  • Date de création 制作年 : 1815
  • Dimensions 寸法 : 45 x 31 cm
  • Matière et technique 技法: plume relevé de bistre et encre de Chine ダークブラウンとチャイニーズインク、筆
  • Historique 来歴: exécuté d’après les ordres du baron de La Ferté, sur les projets et dessins de Bellanger, architecte ; dépôt du Garde meuble ; entré à Versailles, 9 nov. 1907
    ドラファルテ男爵の指示、建築家ドブランジェールの企画設計の下で制作。/王室家具保管所/1907年11月9日からヴェルサイユ所蔵

19世紀、壮麗な君主の葬儀がその立場が揺らいでいた王家の威厳を主張し高めた。ルイ16世とマリー・アントワネットの葬儀が、1815年1月21日、1793年に国王が処刑された記念日に、ルイ18世によって執り行われた。1789年以前の宮廷人、ド・ドゥロー侯爵、1781年から王室儀典責任者だったパピヨン・ド・ラ・フェルト、Menus-Plaisirs du Roi(王室の式典担当組織)の一員で建築家のフランソワ・ジョゼフ・ベランジェの3名が準備した。

ルイ16世とマリー・アントワネットの遺体は葬儀当日朝9時にラマドレーヌ墓地で発掘され、アルトワ伯(ルイ16世の弟で後のシャルル10世)とその息子、その他大勢の高官が参列した。葬列の中には、1775年と1787年に解散して初めて集う騎士団、憲兵、軽騎兵がいた。

元ナポレオンの建築家ピエール・フォンテーヌは日記に式典のことを「運命の日」の記憶が蘇り「皆が狼狽した」と書き残している。(Fontaine, 1987, I, 440.21 January 1815)だが、この素描画にあるように国王の側近は「大勢の市民が取り囲んで敬意を払った。葬列が通過するどの地点でも、厳かな静けさが支配した。」と書いている。((Firmin-Didot, [1899 ], p 227-230, 21 January 1815年1月21日の報告; Mansel, 2004: 82-83, ジョン・バウズ・ライトの1815年1月21日付書簡からの引用。)

大型葬礼四輪馬車は黒いビロードのカバーで覆われ、8頭の馬に引かれて2体の棺が入った石棺を運んで行った。背が高くピラミッド型でクレープの喪章と王家の覆いがかかり、最上部に王冠が置かれた。準備期間の制約と財源不足のため、ベランジェールは教会の装飾を控えめにせざるを得なかった。ファサードはシンプルな黒い幕で覆い、6体の巨大漆喰彫刻(四徳[思慮、勇気、節制、正義]と2対の羽のある精霊)が不滅の王冠を支えている。

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Image: chateauversailles.fr “L’Arrivée devant l’abbaye royale de Saint-Denis du cortège funèbre de la translation des restes de Louis XVI et de Marie- Antoinette le 21 janvier 1815 Attribué à Jean-Démosthène Dugourc (1749-1825) 1817 Plume et encre de Chine H. 46 ; L. 32 cm Château de Versailles © RMN, Gérard Blot”「葬列がサンドニ聖堂に到着する様子。1817作」

壮麗さに欠けたことを残念に思ったのか、デュゴルクは後にヒトルフが手がけた1817年の式典の装飾を手がけた。教会の内部装飾は復元されていた。黒のカーテンには王冠、武器、王家のイニシャル、紋章、旗章、オーダーオブホーリースピリットの印、百合の花が装飾されていた。

2列の貴賓席が周囲を囲む身廊と内陣の間の仕切りは凱旋門のような形で、黒く塗装された4本の古代列柱が支えている。広大な教会の堂内のこの位置に、2台の棺が灯りに包まれて高い位置に安置されている。その後サンドニ大聖堂のみでなくフランス中で、ルイ16世の誕生日記念式典が1月21日に1830年の革命まで、マリー・アントワネットは10月21日に1826年まで執り行われた。