ヴェルサイユ宮殿の宮廷関係者が使用していた建物グラン・コミューンの中庭。2007に実施された発掘調査についてのビデオです。

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Uploaded on 16 Sep 2011 by Château de Versailles

<字幕の訳>

修復プロジェクトでは、グラン・コミューンの中庭を6メートル掘り下げる予定です。文化省からの依頼で、昨年2006年に地盤調査を実施しました。

今回の地盤調査により、国王のジュードポームコート(テニスコート)が明らかになりました。古文書や設計図に基づき、ほんの一握りの研究者だけが、この中庭にジュードポームコートがあると考えていました。

今いるところがそのコートです。私がまたいでいるところが”mur de batterie”と呼ばれる小型の壁で、木製の防護柵、後世のネットを支えていました。この壁の後ろには観客が座るタイルばりのギャラリーがありました。多くのフランス語の表現がこのゲームに由来しています。ギャラリーという表現は、もともと一般市民がギャラリーに座っていたことからきています。

あちらでは、外壁を探しているところです。この美しい石灰石のタイルは、発見した床を覆っているものの中で最も新しい時代のものです。このタイルは薄い砂の層の上に敷かれており、砂の下には厚いミルストーンでできた基礎があります。

この興味深い断面は、この場所の歴代の所有者について知られていることを説明しています。この広い茶色の空洞は、中世の井戸だと思われます。つまり、この場所はかなり前から所有者がいたことになります。ルイ13世は村の水車場を買い取ってシャトーを建築したことがわかっています。

ルイ13世は小修道院の土地を購入しました。それが、今私たちが立っている場所です。小修道院の正確な位置はわかっていませんが、地盤調査の結果、この茶色いシルトが堆積した砂の層の下には、中世にまで遡る墓があります。

この跡地は中世、6世紀末期のメロビング朝にまで遡ります。つまり、ルイ13世やジュードポームの1000年前まで遡ることになります。ここは墓所でした。ルイ13世は沼地に建てたのではなく、そこにはすでに村があったということはわかっていました。ガロ=ローマ時代初期の村があったとも考えられます。この場所ではなかったとしてもそれほど遠くではないはずです。

今後相当特別な遺跡を発見し、それがこの現場を保存する正当性を持たない限り、ここはきれいにして写真を撮り、図画を描き計測して記録を残します。そして、可能であれば年代を特定し図面を作製します。その後、私たちは引き上げ、次の復元作業にこの場所を譲ります。

Image: .lemoniteur.fr/le Grand Commun

Image: inrap.fr / Charles Hulpeau, Le jeu royal de la paume, Paris 1632. Gravure sur bois par Pierre Brébiette, représentant une salle couverte d’un jeu de paume au début du XVIIe siècle. 17世紀初頭のジュードポーム