The video and excerpt of text are from Citizens of Humanity.

Citizens of Humanityから、ビデオと文の抜粋、その意訳です。

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MIKHAIL BARYSHNIKOV
ミハイル・バリジニコフ

「humanity(人の道) humility(謙虚さ) human beings(人間)そして、教育を大切にしています。 母は、オペラ・演劇・音楽・バレエなど芸術が好きでした。ある日、幕が上がると、きれいな音楽で美しいライトの中ダンサーが踊っていました。私は忽ち惹き付けられました。自分がバレエに夢中になることに何の疑問も持ちませんでしたし、自分にできると初めから分かっていました。例えれば、チェロの音楽家が楽器ががなければ演奏できないように、私はからだを使って表現します。幼い頃から、朝晩、稽古に励みました。」
「完璧性とは理論で、ポジティブな側面があります。人間は、完璧なアーティスト、完璧な夫、そして、恐らく完璧な父親にはなれません。恐らく、私もその通りです。でも、日々の努力の中で、少しでも進歩するよう目指します。それが、すべての側面で、意味あることだと思います。」
「私は、ミハイル・バリジニコフです。私は、citizen of humanity です。そうありたいと願っています。」

Mikhail Baryshnikov, a native of Riga, Latvia, was born in 1948 and began studying ballet at the age of nine. As a teenager, he entered the Vaganova Academy in Leningrad, graduating from student to principal dancer of the Kirov Ballet in 1969. In 1974, he left the Soviet Union to dance with major ballet companies around the world including the New York City Ballet where he worked with George Balanchine and Jerome Robbins. In 1980 he began a 10-year tenure as Artistic Director of American Ballet Theatre, nurturing a new generation of dancers and choreographers.

ミハイル・バリジニコフは、1948年にラトヴィア共和国リガで生まれ、9才からバレエの稽古を始めた。10代でレニングラードのワガノワ・アカデミーに入学、1969年に卒業後キーロフバレエ団のプリンシパルダンサーになる。1974年にソ連を去り世界の主要なバレエ団で踊る。ニューヨークシティバレエ団では、ジョージ・バランシンやジェローム・ロビンスと共に活躍した。1980年から10年間、アメリカンバレエシアターの芸術監督として、若い世代のダンサーや振付家を育てた。

Image; amazon.com

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バリジニコフは、大学の卒業式で学生を激励しました。=>BESTよりBETTERを

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