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Roulez carrosses ! 四輪馬車を走らせよう!

Jul 24, 2012 by >
<さんのYouTubeビデオ 公開:2012.7.24>
 
 
 字幕の訳
 

アラスにヴェルサイユ宮殿

ボルドー公の洗礼式の馬車

エレーヌ・ドラレックス
ヴェルサイユ馬車博物館コレクション展 アシスタント・コミッショナー

ヴェルサイユでは馬車一台一台がフランス史の1ページです。特に、ボルドー公の洗礼式のために作られたこの大型の「四輪」馬車はその良い例です。
この馬車は、ほとんど知られていない第70代フランス最後の国王を再発見する機会となります。
この物語は、その誕生よりはるか以前に始まります。

父親はシャルル10世の息子のベリー公で、1820年2月のある夜、オペラ座を出たところで短刀で深手を負いました。
オペラが再開される中、ベリー公はオペラ座の一室に運ばれました。
治療の甲斐なく、苦痛の中、息を引き取りました。

Image: Wikipedia

犯人は裁判で、ベリー公を殺害してブルボン家の血筋を途絶えさせたかったと話しました。家系を断絶させたかったのです。
事実、ベリー公は正統な王室に子孫を残すことができる最後の男子継承者でした。その死によりフランスブルボン家は姿を消すことになります。これにより、国民はとてもショックを受けました。
ところが、ベリー公はオペラ座で死の間際に、集まっていた王家の家族や臣下に最後の言葉を残しました。それは、ベリー公夫人が身ごもっているというものでした。
つまり、その産まれてくる世継ぎは、ブルボン王家を復興させることができるかもしれないのです。
フランス中の人々がこの奇跡の子どもの誕生を待ちわびました。「奇跡の子ども」とヴィクトル・ユゴーやラマルティーヌがその子ども呼びました。
ベリー公夫人はといえば、後継者を待ちながら、「ルイ14世の血が私の血管を流れている」と公言しました。
1820年にボルドー公が誕生すると、驚くべき熱狂がわき起こり、まるで王制復古したようでした。

このような歴史的背景により、1821年にパリ・ノートルダム大聖堂で行われたボルドー公の洗礼式が、重要なイベントであったことがわかります。
洗礼式には、戴冠式の威厳に満ちた式典的な壮麗さがありました。
この四輪馬車の制作には当時の5万フランという膨大な資金がつぎ込まれ、パリの傑出した馬車メーカーであるゲッティーヌが制作しました。
この四輪馬車は、チュイルリー宮殿の中庭から洗礼式が行われるパリ・ノートルダム大聖堂まで27台の馬車による式典パレードで、世継ぎと教育係が乗るように設計されました。

Image: Wikipedia “Carolina, Duchess of Berry and her son the Duke of Bordeaux by François Pascal Simon Gérard (1770-1837)” ベリー公爵夫人と息子のボルドー公

このとても美しい祝祭用「四輪馬車」には7つの鏡がついていて、精巧な金銅彫刻の洗練されたフリーズのベルトが施され、花と葉の飾り模様や、トランペットを吹くキューピットが添えられ、また、四隅には古典様式の女性柱が彫られ、広げた羽で皇帝馬車を支えているかのように見えます。
内装はレジオンドヌールの娘達が制作し、金糸と絹糸の刺繍で覆われたすばらしい皇帝の空が施されています。IT技術のおかげで、今回初めて内装をつぶさに見ることができるようになりました。
この同じ馬車は後にナポレオン三世が使用します。まず、1853年に結婚式で、次に3年後には皇太子の洗礼式の時です。そのため、装飾に変更が加えられています。
フランスとナバール国の紋章は皇帝の紋章に、フランス王家の紋章はナポレオンのNに変えられています。ただ、スケッチにあるボルドー公の洗礼式のためのオリジナルの装飾は、今日まで保存されています。

1830年の7月革命が勃発した時、ボルドー公は若干10歳でした。シャルル10世が退位し長男のダングレーム公も退いた後、ボルドー公はアンリ5世として一時王位に就きましたが、執権でアンリ5世の即位を宣言する立場にあったルイ・フィリップは、自身がフランス国王ではなくフランス国民の王であることを宣言しました。

このようにして、ブルボン家は亡命せざるを得なくなり、19世紀に亡命生活を長く送った後、ボルドー公は子どもがないままオーストリアで亡くなりました。
これにより、フランスの王権はブルボン家からオルレアン家に譲渡されることが決定的になりました。

Image: roulezcarrosses.versaillesarras.com “A coach was built in 1821 for the occasion of the baptism of the Duke of Bordeaux” ボルドー公の洗礼式のために1821年に制作された馬車